I'm so happy !

ただの俳優のオタク。

ねえ誰でもいいからさ、わたしの生きる理由になってよ。

天使より好きな人の話をしよう。

所詮わたしはオタクなので、二次元が好きだ。今はそこまでではないけれど腐女子だし、夢見女子だし、ホームページを作って小説を書いたり絵を描いたり、同人誌を作ったりしていた。懐かしい。氷帝に入学して錬金術を使って、斬魄刀を振り回してエクソシストになって、風紀委員に絡まれてマフィアの仲間になる夢を見る、まあテンプレ通りのオタク女子。

エドワードに恋をしたのは小学校3年生の時だ。友達から勧められたアニメに彼はいた。鋼の錬金術師。言わずと知れたブラックファンタジーである。月刊少年ガンガンで連載され、アニメ化し映画化し、USJでアトラクションが作られた有名少年漫画。エドワードはそれの主人公だった。

アメストリスという架空の世界で彼は錬金術師として生きていた。

金髪で小さくて強くて聡明。目的を持ちそれを目指し歩く。生きるということへの強い執着。漫画を閉じてため息をついた。彼は生きている、とても強く。羨ましかった。

当時から生きるということに気薄で、ふらふらふにゃふにゃたゆたうクラゲのように生きていたわたしに彼は眩しかった。光に集まる夏の虫のように惹かれた。電球の熱で羽根が焦げる。好きになってしまった。日の落ちかけた部屋で呟く。「好きになってしまった。」漫画の中の人だ。さてどうしよう。

その日からわたしはエドワードに夢中になった。月刊誌を買いアニメ雑誌を買い、漫画を何度も読み、アニメを見てイラストを描き、グッズを買って妄想した。同人サイトを巡り彼を追った。永遠に終わることのない鬼ごっこが始まったのだ。

エドワードは若くて、強くて、かっこよくて、クレバーだった。そして、とても優しい。彼は自分を信じ、自分のために、弟のために、彼を取り囲む全ての人を守るために、傷付いて戦って、前に進んでいた。単純にすごいと思った。わたしなんて意味もなく時間を潰しているだけなのに!焦がれた。漫画を読めば読むほど好きになり、毎日エドワードのことを考えた。夢小説サイトを巡り、BLサイトを巡り、少しでもエドワードに触れた。ふいに悲しくなった。どうしてわたしはここにいるんだろう?夢を見て泣き、理想を描いて泣いた。

物事には終わりがある。それに気付いたわたしはいつしか月刊誌を買うのを止めた。怖かった。そうして終わることから逃げるように違う漫画にハマっていった。逃避だ。わたしは現実から逃げて、逃げた先からもまだ逃げた。何から?追ってくるのはなんだ?

アニメ一期の終わりに、1本の映画が作られた。理想卿の話だ。シャンバラ。久々に見た動くエドワード。深夜の特別番組を恐る恐る見た。胸がいっぱいでいっぱいで、この人のことが好きだ、と思った。また泣いた。どうやらわたしの身体は、感情の処理が出来なくなったら涙で捨ててしまうらしい。

映画公開初日、ぐらぐらする感情と視界で映画館に行った。

始まる前から不安で潰れそうだった。始まってすぐに泣き、終わって泣いた。わたしは何度も映画館に足を運んだ。エドワードはここにいるんだ。

映画はとても良かった。エドワードはそこにいたし、わたしはそれで良かった。ネタバレになってしまうかもしれないけど、エドワードはここにいたから、じゃあそれでいいなあと思った。のちのOVAでもエドワードがここにいることが残されていたからなお良かった。

溺れる夢はピンクだ。広がる麻薬が脳髄に満ちて現実を溶かしていく。

エドワードは生きてる。

そうして、終わりがやってきた。

それは全くの偶然だった。久々に本屋で目を向けた月刊誌に、ラスト3回の文字が踊っていた。目を見開いた。あ、と、さ、ん、か、い?(まさか。)ぐるぐると高速で回り出す思考。わたしの脳は視覚を拒否し、思考を否定した。呆然とした。だらりと力の抜けた指で雑誌の表紙を撫でた。本物だ。幻想ではない。

次の日の朝、朝食を食べながらいつの間にか泣いていた。自分でも驚いた。

そうか、わたしは悲しいのか。

母親は動揺し、理由を話すわたしを見て一言、学校休む?と言った。涙で霞むテーブルの上。緑茶のきれいな緑。蛍光灯の光をよく覚えている。白っぽいかなしいいろ。

そうしてわたしは元々行っていなかった学校をさらに休みがちになった。なにをするのも上の空で、ぼんやりと寝たり起きたり、紅茶を飲んで過ごした。時折思い出したように泣いた。エドワードが終わってしまう。この世から。エドワードが。それは文字通り絶望だった。

世界が端から崩れていく。

3ヶ月はあっという間に過ぎた。わたしは全てを忘却した。終わるという記憶。エドワードは永遠だし、だから終わらない。最後のガンガンを買って、棚にしまった。記憶と共にまとめて。忘れようと努力した。

世界は初夏を迎えようとしていて、空が高かった。あの日の静かな空気。わたしの世界はここで終わった。

それから、最後の単行本が発売された。

わたしは本屋に平積みされたそれを手に取り、また泣いた。全てをしまった。それでお終い。

わたしは最後を知らない。これからも知るつもりはないし、知る必要もない。エドワードはわたしの中で生きている。それでいい。逃避に傷付いていては仕方ない。生きることは傷付くことだとわかっているけれど、わたしは痛みにとても弱い。

ふとエドワードが急に現れることがある。それは本屋だったりカラオケだったり、真夜中のリビングだったり、真昼間の交差点だったりした。わたしはそのたび立ち竦み、感情の波が去るまでひたすら耐えるしかない。空っぽの心に流れ込む悲しみ、悲しみ、悲しみ。どうしてみんな先に行ってしまうんだろう。

わたしが生きるために依存しているのもは、わたしより先に行ってしまう。怖かった。アイデンティティを自己で確立できないわたしは他人に依存するしかない。

わたしの中でエドワードは唯一無二で、他人に口出しされるのが嫌になり、いつしか好きと口に出すことも止めた。エドワードを好きになって今年で15年になる。愛は減るどころか増え続け、とっくに器から溢れ出したそれを、わたしは天使に注いでいる。

愛ってなんだろう。恋ってなんだろう。不条理で報われなくてかなしい。でもとても幸福だ。

わたしはわたしの思う幸せのまま死にたい。いままでわたしが愛したひとと。

さて、朝がやってきた。懐古はここまでにしよう。きょうもまた続いていく。自動更新って全てにおいて迷惑だから困ってしまうな。終わらせてくれないな。終わらないかな。終わってほしいな。