I'm so happy !

ただの俳優のオタク。

短い小説 初夏の話

今週のお題「晴れたらやりたいこと」

 

 

 

 

ベランダのこげ茶色のプランターはしゅうちゃんが持ってきたものだった。ワンルームのわたしの部屋には、狭いながらもしっかりとしたベランダがついていた。青々としたミントの葉が、初夏の日を受けてきらきらと輝いている。
昼下がり。大学をサボって、わたしはモヒートを作って飲んだ。アイスクラッシャーで細かくした氷、ラム酒とライムジュース、シロップをほんの少し。ライムカットとたくさんのミントの葉。
暑い日にモヒートを飲むのは、しゅうちゃんのお決まりだった。すっきりとして、爽快で、きらきらしていて、ミントの緑がきれいで。夏は緑が冴え冴えとする。
わたしはラム酒をあんまり飲まないけれど、モヒートは好きだった。しゅうちゃんとわたしのお酒。


「これで奈津の部屋でもモヒートが飲みたいときに飲めるじゃん」
喜々とした表情で、両手で抱えたプランターを持ってきたのはいつだったか。
プランターラム酒の瓶、ライムを抱えてしゅうちゃんはやってきた。ドンキホーテの黄色の袋ががさがさ音を立てていた。いつだかの昼間。梅雨が近づいてきていて、片頭痛に悩むわたしはすこしイライラしていた。
こげ茶色のそれを見て、サボテンですら枯らしたことのあるわたしはほとんど恐怖した。なんであれ、なにかを死なせてしまうのはこわい。
「しゅうちゃんの部屋で育てればいいでしょう」
そう抗議するわたしに、しゅうちゃんは笑って返す。
「奈津の部屋で飲みたいんだよ」
おれんちベランダないしさ、日当たり悪いし、ミントは簡単だから大丈夫、たくさん増えるし。そう答えになっていない答えを並べながら、狭いベランダにプランターを置く。
「たくさん取っても根が残っていれば、また生えてくるんだって」
しゅうちゃんは楽しそうに洗い物のかごの中からコップを取って、プランターに水道水を与えている。
「いつまでもいっしょにお酒が飲めるよ」
わたしはしゅうちゃんの言葉に驚いた。
「それは魅力的だけど」
この人、わたしといつまでもいっしょにいる気なんだ。気付いて、そうして悲しくなる。いつまでもいっしょ、なんて、よく言えるなあ。
その日は、まだミントが咲いていないから、うちにあったコーラでラムコークを作って飲んだ。しゅわしゅわと砂糖の味。
わたしに、お酒を飲んで楽しい時間を過ごすことを教えてくれたのはしゅうちゃんだった。
たくさんのカクテルや、色や名前がきれいなお酒たち。しゅうちゃんと過ごしたたくさんの時間と、摂取したアルコール。


時が経ってミントが咲いて、夏が来て、でも、それよりだいぶ前に、しゅうちゃんはうちに来なくなった。
しゅうちゃんが来なくなって、わたしは悲しみに暮れて、ミントのプランターの事なんて忘れていた。すっかり。記憶が抜け落ちたみたいに。
雨戸を閉め切って梅雨を過ごして、久々の晴れ間に開けたとき、プランターには緑がいっぱいだった。なにもしていないのにしっかりと咲いたミントたちに、わたしは泣きたくなった。

そうしていま、モヒートを飲んでいる。
空は高く、冷たい甘さがのどを滑り落ちていく。
摘み取ったミントたちがまた咲くころ、いっしょにモヒートを飲んでくれるひとがとなりにいるといいなあなんて思いながら、扇風機の電源を入れた。

 

 

 

 

晴れたらモヒート飲みたいです!